Octave~届かない恋、重なる想い~
右耳に直接、かなりの至近距離で響く雅人さんの声に跳ね上がりそうになる心を押さえて、小さく返事をする。
「はい」
「ノックしてきたら、出よう。そうじゃなかったら、寝たふりだ」
「そうします」
そうじゃなかったら、とは、一体どういうシチュエーションなのだろうか。
考えてみたけれど思い浮かばないまま、耳をすます。
足音はドアの前で止まった。
十秒、二十秒、三十秒……確かにドアの前にいるはずなのに、立花さんの動きは止まったまま。
私と雅人さんも動きを止めたまま、じっと待っていた。
およそ一分後、ようやく動き出した立花さんが、遠慮がちにノックしてきた。
「はい」
返事をしてそのまま出ようとした私を、雅人さんが両腕で引き留めた。
ベッドの中で抱きしめられている。
その状況に驚いた私は、固まったまま真上から覗き込む雅人さんの顔を凝視した。
「気をつけて」
また、耳元で声を掛けられたあと、両腕を解かれた。
不意打ちで急接近されて、私の頭の中は今、凄い勢いで沸騰している。
よろけながらドアを開けると、私のパジャマを着た立花さんがすぐそこで待っていた。
ドアを開けた瞬間、室内を見まわしている立花さんの眼がぞくりとするほど冷たかったのは、気のせいだろうか。