Octave~届かない恋、重なる想い~
色々な刺激で心臓がバクバクしている私とは違い、雅人さんは余裕たっぷりの表情で笑っている。
「あの、もう、大丈夫ですからっ!」
「……千花の奴、俺のこと、全部お見通しだったんだな」
「え?」
「いや、何でもない。じゃあ、助けたお礼だけ貰っておく」
私が言葉を発する前に、唇を塞がれてしまった。
入籍前、戯れのようにキスされて以来で、状況を把握するのに時間がかかった。
「駄目だ」
キスの合間に囁かれた言葉の真意を確かめる余裕もなく、ただ驚いて固まるだけの私。
もう、何が何だかわからない。
何が駄目なのか。千花の名前がどうして今になって出てきたのか。
混乱し続ける私の頭の中に、ひとつのイメージが湧き上がってきた。
それは、背中を向けて寝ていたという、雅人さんのお母さん。
甘えたい、抱きしめられたい、愛して欲しいという願いが昇華されず、苦しんできた雅人さん。
否定される前に、自分から拒否しようとした言葉が「駄目だ」だとしたら……。
「駄目じゃない、です」
しっかりと、雅人さんの眼を見て伝えた。
「雅人さんは、私の大事な人です。自分を否定しないでください」