Octave~届かない恋、重なる想い~

「毎週日曜日に勉強を教えてくれる雅人さんのことが、私はとても好きでした。

 教え方が上手で、優しくて、私の気弱な心を奮い立たせてくれる雅人さんは、同級生にはない包容力がありました。

 しかし、雅人さんは子どもだった私の好意を持て余してしまったのでしょう。

 大学合格を伝えた時、これでもう家庭教師に来ることはないねと言った雅人さんの前で、私は泣いてしまいました。

 雅人さんは、これ以上私に勘違いさせてはいけないと考え、我が家から距離を置いていた時期があります。

 その頃、夜中こっそり泣く私の姿をお父さんに見られたことがありましたね。

 どうして泣いているのか問われた時、私は『高校を卒業して、今まで一緒だった人と離れるのが辛い』という答え方をしました。

 単刀直入に『雅人さんが離れて行ってしまって辛い』とは、言えませんでした。

 なのに、お父さんにはお見通しだったのだろうなと、後からわかる言葉をかけてもらいました。

『その人が、結子にとって本当に大事な人で、その人も結子を必要としているのであれば、また必ず縁があるよ』と。

 お父さんはもしかしたら、私達がいずれこうなることを、予想していたのかな……と思う時がありますが、どうでしょう?」


 父に問いかけると、退院後初めて聞くような大きな声で『そうだそうだ!』と言ってくれたので、私は思わず笑ってしまい、それから涙がじわりと湧いてくるのを感じた。

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