Octave~届かない恋、重なる想い~
「笑いごとではないと、ハラハラして私を見ている人物ももちろんいます。
私の妻です。今日も一緒に回っていますが、彼女はとても心配しているようです」


 突然、話を振られて驚いた。

 ウグイス嬢の後ろに隠れていた私だったのに、気を利かせたつもりの人達が私を前へ連れ出し、選挙カーのすぐ真下へ引っ張っていった。

 まだ、選挙カーの上へ連れ出されなかっただけマシかも知れないけれど、この場所でも結構恥ずかしい。

 自分から選挙運動へ連れて行ってと頼んだ手前、文句も言えず、雅人さんの顔を見上げるだけに留めた。

 すると、雅人さんも選挙カーの上から、一瞬、私に視線を向けた。


「今までの安定した生活から一転、私との波乱万丈な生活を選んで、陰でしっかり支えてくれた妻の存在は非常に大きいです。
新婚生活よりも選挙活動を優先させている私の、一番の理解者と言えます。
……妻のことを話し始めると、3分以内で演説を終わることができませんので、残念ながら割愛させて頂きます」


 そんなことを言いながら、また、私に向かって微笑みかけてきた。

 運動員の皆さんや観衆の一部から「ヒューヒュー」とか「お幸せに!」という声が出て、私はますます恥ずかしくなる。

 
「……という訳で、ちょうどお約束した時間となりました。
最後にもう一度、宇佐美雅人からのお願いです。
誰もが安心して暮らせる理想の街づくり実現のため、どうか皆様の力をお貸しください」


 そして、深々と頭を下げる雅人さんに対して、あたたかい拍手が贈られた。
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