明日なき狼達
 児玉は言ってしまってから後悔した。

「申し訳無い、言わなくてもいい事を……」

「自分は、二ヶ月前に刑務所を出て来た者です……」

「……」

「刑務所で十二年、裁判中の拘留期間も入れると十三年半、塀の中でした。人を殺してしまいまして……」

「いや、どういう事情がおありかは知りませんが、話さなくてもいい事は、他人に話す必要はありません。私が変な事を言ってしまった。本当に申し訳無い」

「いいんです。気になさらず聞いて下さい。
 自分はこの事を一生背負って行かなければならないのですから…」

「……」

「お恥ずかしい話しなんですが昔……昔、自分はヤクザ稼業に身を堕としておりました……。
 子供の頃、近くにあった銭湯で、入れ墨を入れた人を見掛け、どういう訳か自分もああなりたい、なんて憧れてしまったんです。何も知らない子供には、粋でいなせな大人に見えたもんですから。十六でヤクザの道に入り、気が付いた時にはどっぷり浸かってましてね。粋でいなせ……。
 そんなもん、現実には何処にもありません。暴力団とは上手く言ったもんです。筋もへったくれも無かった……。
 小賢しい悪知恵と、いかに弱い者から金をむしり取るか……そんな事ばかりしか頭に無い連中ばかりでした。他人の事は言えません。自分もその一人だった訳ですから。そうこうしているうちに、組内で跡目争いがありまして、上の者からの命令で……」

「で、人を?」

「刺した相手がまだ若い人でして……。
 それも、後々判った事なんですが、別にその方の命をどうしても殺らなきゃならなかった訳でも無いんです……。
 自分の居た組の力を単に誇示する為だけの事だったんです……」

「先程の方達が……」

「ええ、お身内の方です。刑務所に入ってから、ずっと謝罪の手紙を書かせて頂いてましたが、一度もお許しの言葉は頂けませんでした。返事すらも……。
 ですから、墓前に手を合わせに来ようかどうか、出所してからも迷っていたんです……」

 男は何かに憑かれたかのように全てを話した。

 沈黙が二人の間に重くのしかかるのを振り払うかのように、

「ビール、もう一本飲みませんか?」

 と児玉は微笑んだ。

 男の目が僅かに濡れていた。
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