明日なき狼達
 二時間程でその席はお開きとなった。

 滝沢は、迎えの車で自宅へ戻った。

 辻と一緒に見送りに出た澤村に、

「澤村君、もう一軒儂に付き合わないか」

 と誘われた。

 行った先は、そこから程近い湯島の小さなクラブであった。

「銀座や赤坂なんかも悪くはないが、たまにはこういう気を遣わなくて済む店もいいもんだぞ」

 辻が来るからという事でなのか、店は二人の為に貸し切りのようになっていた。店の奥に案内され、暫くすると、辻は店のママに内密な話しをするからと言って、ホステス達を下がらせた。

 ママは、ホステスを全員帰らせ、自分はカウンターの奥に引っ込んだ。

「澤村君。君は正直過ぎる男だな」

「……」

「今時のヤクザにしては、腹芸が出来ぬと見える。尤も、儂は君のそういう所が好きなのじゃが。しかし、ああもあからさまに殺気を感じさせてしまったら、滝沢でなくとも、感づかれてしまうぞ……少なくとも、滝沢程の人間なら感付く」

「先生が御一緒の席でありながら、とんだ無調法を……」

「ははは。だから正直者過ぎると言うのだ。今の儂の言葉にも、もう少し腹芸を使いなさい。これから先、君がもう一段上を目指すのであれば、腹芸の一つも出来ねば、到底上にはなれぬ。
 しかし見物だったな。あれで、君がもう少し奴の懐に飛び込むような気安さでも見せてれば、儂ももっと楽しめたのだがな」

「自分は役者ではありませんので……」

「演技は出来ないか。ははは。その懐に物騒な物を持っていなかったのが幸いだな。だがな、そうそう簡単には人の手に掛かる男ではないぞ」

「はい……」

「さっきが唯一のチャンスであったかも知れないのぉ」

「先生さえいらっしゃらなければ……」

「滝沢は、君の値踏みに来たのじゃ。高い値を付けたかどうか、今後は君次第だな。何だったら今電話してどうだったか聞いてみるかね」

「それより先生御自身は滝沢の側に?それとも……」

「澤村君、己を刃のままにして人に接するものではないぞ。抜き身の日本刀の美しさを君は持っている。だがね、鞘に納めていないと、敵味方問わず傷付けてしまうし、己自身が危うい」

 辻の言葉は何処か滋味溢れる温かさを感じさせた。
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