明日なき狼達
 それは、慈父の眼差しともいうべき温かさかも知れない。

「澤村君、ひとかどのヤクザというのは、仮に別な道を歩んだとしても、やはりひとかどの人物になるものじゃ。
 いいかね、どんなに立派な御託を並べてる輩であろうと、真にひとかどの人間は、ちゃんと真っ当な最後を迎えられるものなんじゃ。凶刃、凶弾に倒れる者は、結局はそれまでの奴だと運命が見放したという事だ」

「運命……神とか仏では無く?」

「そう、運命。自ら、その運命を曲げに行く時も確かに必要かも知れないが、自分が常に真摯な生き様を貫いておれば、運命は自然と味方するものだ。その人生が長かろうと短かろうともな」

「はい」

「一言、言って置くが、無駄に命は捨てるな、いいな」

「……」

「己の命の捨て場所、散り場所を見誤るな。但し、何時でも捨てられる覚悟だけは持って置くんだ。覚悟を持つのと、捨て時を誤るのは別だからな」

 澤村は、辻の言わんとする事が判り過ぎる位に伝わって来た。

 深々と頭を下げ、無言で今の言葉への礼をすると、辻はうんうんと頷き、

「歳を取ると説教癖が付いていかんな……。
 これだけは最後に言わせてくれ。儂らが若かった頃、好むと好まざるに関わらず、お国の為だと聞かされ、そう思い込まされ、何百万という尊い命が失われて行った……命の捨て場所を選ばさせてはくれなかった時代だった……澤村君、滝沢を殺ろうと思ったら、生半可な気持ちや考えでは、絶対に命を無駄に捨てるだけの事になってしまう。差し違える位の覚悟は必要だが、犬死にだけはいかん」

「その辺の覚悟は、先程の席で滝沢と向かい合った時に……」

「そうか」

「はい」

「最後に、大義はあるのか?」

「大義……自分のように利口ではない人間に、何が大義であるかは判りませんが、単純に私利私欲の為だけでどうこうという事はありません」

「判った。それだけ揺るぎ無い気持ちであるのなら、儂からはもう何も言う事は無い。しかし、君程の男をそこ迄、つき動かす御仁に儂も一度会ってみたいものだ」

「お会いすれば、この気持ちが理解して頂けるかも知れません」

「今でも充分、君の気持ちは理解しているつもりだがな。さて、少し今夜は酒が過ぎたかな」
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