明日なき狼達
「判った。とにかく、滝沢が黄の言っていた倶楽部に行く日迄の辛抱だな」

 電話を切り、自分の車に乗り込もうとした時、サングラスの男が近付いて来た。

 澤村をじっと見て、ニヤリと笑った。

「澤村さんですね?」

「ああ……」

「雨宮と申します。三輪さんには何かと世話になってまして」

「そうかい、悪いがちょっと急いでるもんでね。ちゃんとした挨拶はこの次という事で」

「いえ、気になさらずに。いずれ、ゆっくりと……」

 薄気味悪さを振り払うようにして運転席に座った。

 車を発進させ、その男から一秒でも早く遠ざかりたかった。ハンドルを握る手が、知らず知らずのうちに汗ばんでいる。

 ああいうタイプの人間とは絶対に関わってはいけない……

 そんな思いで人間を見たのは、生まれて初めての事だった。

 滝沢が秘密倶楽部に顔を出す予定日の前日、浅井と黄との最後の打ち合わせをした。黄の好意で、彼が経営する売春倶楽部で滝沢が来る迄、待機させて貰える事になった。上の階への手引きは、黄自身がしてくれる手筈になっていて、滝沢のボディガードへの見張りも、黄が自分の所の若い者を張り付かせてくれると言って来た。

「何から何迄、本当に済まない。この借りはどんな事をしても返すから」

 と浅井が恐縮すると、

「浅井さん、貴方は私を信じて、これだけの事を打ち明けてくれて頼ってくれた。中国にだって、義理や恩義という言葉はあります。私達の中では、友人とは、そういう関係の人だけを指します。
 浅井さんは、私の大切な友人ですし、その浅井さんが大切に思っていらっしゃる方なら、私にとっても大切な友人なんです」

 と黄は言った。

 その言葉を聞いて、澤村も表面上は感謝の態度を示したが、どういう訳か、微かに不安を憶えた。

 必要以上の好意を見せる人間には、必ず別な思惑がある……

 特に裏社会で生きている外国人の場合は……

 自分の浅井に対する感情や、松山に対するそれは、一切そういった部分は無いが、中国人である黄に、同様の感情で全てを見ようとする事は出来ない。

 一抹の不安が的外れである事を望みながら、その日がやって来た。

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