明日なき狼達

再会

 酔いたい……

 梶はそう思った。

 元々酒はそんなに飲める方では無い。外では滅多に飲まず、家で一人寝酒に軽く飲む程度だ。

 家族はいない。

 六十も半ばになろうというのに、一度も結婚に縁が無かった。

 子供の頃から弁護士に憧れていた。

 きっかけは、当時テレビでやっていたアメリカのドラマを観てという、たわいもない理由からだった。

 大学の法学部に入学したが、運悪く勉強どころでは無かった。

 学生運動全盛の時代だった。

 特に梶が通っていた大学は、法学部と医学部が一番活動が激しく、梶自身ゲバ棒とヘルメットで武装し、デモ隊の先頭に常に立っていた。

 安保反対、ベトナムからの米軍撤退、自民党内閣の打倒、そして真の民主政治の確立。

 革命を本気で起こせると信じた瞬間もあった。だが、殆どの者達は単に熱に浮かされていただけであった。

 大学の校舎にバリケードを築き、機動隊と向かい合い、催涙弾に涙を堪えながら梶の学生生活は過ごされた。

 学生運動が鎮静化すると、それぞれが、まるで革命運動の熱に浮かされてたのが嘘のように、従順な羊となってキャンパスへ戻って行った。

 弁護士への道を再び目指したが、司法試験に合格したのは、三十過ぎてからだった。

 何度か見合いを奨められたりもしたが、梶は全て断って来た。

 理由は、ある女を好きになったからである。

 相手も梶を頼ってくれていた。だが、結婚が出来る相手ではなかった。そして、自分の相手に対する想いを伝える事も叶わぬ恋であった。

 以来、独身である。

 当ても無くふらりと路地を入った。

 滅多にこんな場所に足を踏み入れる事は無い。なのに、その路地の佇まいは、梶に懐かしさを感じさせた。

 バーという看板を見つけ、その扉を開けた。

 五、六人も入ればいっぱいのカウンターだけの店だった。

 先客は奥の席に一人。

 梶は入口側に座った。

 派手な化粧の女がカウンターの中から、珍しいものを見るかのような視線を寄越した。

「初めての客は駄目なのかい?」

 思わず梶はそう言った。

「あ、ごめんなさいね、そうじゃなくて、こんな所に一見のお客さんが二人も続いたからびっくりしちゃったの」

< 12 / 202 >

この作品をシェア

pagetop