明日なき狼達
 バルコニーに向かってはいつくばった。

 上からはもう撃って来ない。

 バルコニーの隅を見ると、緊急脱出用の簡易縄梯子があった。

 非常用と書かれた縄梯子の箱を開けようとしたが、留め金が錆び付いていて、なかなか開かない。

 澤村は咄嗟に銃を撃った。留め金が砕けた。蓋をを開け、外に放り投げた。下はマンションの裏側になっているようだ。向かい側は、古い家屋が立ち並び、細い路地が何本か交差しているのが見えた。

 余計な事を考えず、とにかく今は一刻も早くこの場を逃げる事だ。

 縄梯子がしっかり箱に固定されてるかを確認した澤村は、浅井に先に降りろと言った。

 浅井に続こうとした時、澤村は風呂場に隠した子供の事を思い出した。子供を抱き、先に降りた浅井に、

「受け止めろ!」

 と怒鳴った。

「マジかよ……」

 浅井は、怪我の痛みなど忘れて、子供を受け止める事だけに神経を集中させていた。

 澤村が、嫌々をする子供を抱き上げゆっくりとバルコニーの外に子供を出し、そっと投げ降ろした。踏ん張って受け止めた浅井は、勢いで尻餅をついた。アスファルトに何処かぶつけたかしたのか、子供が再び泣き喚いた。

 澤村がバルコニーを跨ごうとした時、入口の扉が物凄い音と共にこじ開けられ始めた。

「浅井!お前の銃をよこせ!」

 浅井の銃を受け取ると、

「先に逃げろ!」

 と言って、入口に銃口を向けた。こじ開けられた扉から男が銃を撃って来た。

 澤村はじっと狙いを定め、引き金を引いた。

「澤村っ!」

「いいから早く逃げろ!」

 躊躇している浅井の気持ちを決断させたのは、声を上げて泣きじゃくる子供の姿であった。

 右腕で抱き上げ、浅井は走った。古い民家と、アパートの間を縫うように走る路地を無我夢中で走った。

 二発目の銃声を微かに聞いた時、浅井は思わず澤村の名前を口にしていた。


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