明日なき狼達
 意識を戻した澤村が、最初に思った事は、自分が今何処に居るのだろうかという事だった。

 窓一つ無い部屋だと気付くのに、暫く時間が掛かった。

 こめかみがずきずきと痛むが、それ以上に撃たれた左肩の痛みが激しい。脇腹にも痛みを感じた。肋骨もやられたかも知れない。

 自分の身体が鉄パイプのようなものに手錠で括り付けられていると判ると、澤村は手が抜けないかどうか何度か試した。それは無駄な試みであった。

 ばかやろ、糞や小便を垂れ流せってえのか……

 扉は頑丈そうな鉄で出来ている。

 まるで刑務所の鎮静房じゃねえか……

 鎮静房とは、刑務所内に設置された特殊な舎房で、刑務官に暴行を働いたり、同囚と喧嘩して凶悪な素行な者を閉じ込める所である。

 長時間その房には収容者を入れて置く事は、法的にも認められていない程、過酷な環境である。

 肉体的苦痛よりも、精神的苦痛の方が酷くなる。

 澤村が閉じ込められた場所は、それと同じような部屋であった。

 今は何時だ?

 浅井は?

 あの子供は?

 それより、自分が捕らえられた事で組の方が……

 澤村の不安は様々な形で脳裏に浮かんだ。

 殺されずに人質になってしまった事が悔しかった。

 畜生、どうせなら撃たれて死んじまった方が……

 そんな思いばかりが浮かんでしまう。

 尿意を催し始めた。

「おぉい!おぉいっ!誰か居ないか!」

 大声を何度も出したが、扉の方からは何の反応も無い。何度も喚いてみたが、それは無駄なあがきのようであった。

 澤村は、いよいよ尿意が我慢出来なくなってしまった。

 下半身が生暖かくなった。

 足元に水溜まりが出来て行く。

 屈辱的であった。

 濡れた下半身が時間を経るに従い、冷たくなって行く。急に凍えるような寒気が来た。冷気が部屋全体を覆い始めている。

 その時、部屋の外では空調を強冷房に調節していた。ある意味それは理に叶った拷問方と言えるかも知れない。

 凍えるような寒さの中に長時間置かれると、人間は余程強靭な者でも、正常な精神状態を保つのは難しい。精神が萎えるだけでなく、最後は体温を失い、命をも奪われてしまう。

 澤村は死を予感した。


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