明日なき狼達
 女の声と同時に、奥に居た客が梶の方を見てじっと窺うような眼差しをした。

 視線に気付いた梶は、取り敢えずその男に会釈をしたが、別段意味は無かった。

「何にします」

 取って付けた様に猫撫で声で女が注文を聞いて来た。

 どうせこんな場末のバーではろくな酒は置いてないだろう。

 梶は、無難なところでビールを頼んだ。

「あたしも一杯頂ける?」

 客がまだグラスに口を付ける前からねだるとは、なかなか図々しい。だが、梶は気を悪くするよりも、寧ろ微笑ましさを感じた。

 この女も必死なんだろうなぁ……

 そんな思いで女と乾杯をし、一息でビールを飲み干すと、横から

「どうぞ、よかったら」

 と言って、不躾な視線を送っていた男がビールを差し出して来た。

 顔を見ると、笑っている。

「あの……以前何処かで?」

「無理も無い。お互い歳を取りましたから……」

「……?」

「東和大の講堂占拠……」

「じゃあ、一緒にあの中で?」

「いえ。私は運動部会系の自治会でしたから、貴方達とは反対の立場でした。九月十八日……覚えてますか?」

 梶はその日の事を思い起こそうとした。

 学校内で数十人の学生がハンガーストライキを続け、何時の間にか他の大学の学生達迄が集まり、大学内の講堂にバリケードを築き占拠してしまった。

 大学側は、機動隊の要請を躊躇い、何とか話し合いで解決をと苦慮し、同じ学生同士ならばという事で、自治会を差し向けた。結果は逆の形になってしまった。

 主義主張が違う者達が、最初から相手を受け入れようとしなかったから、必然的に衝突が起こる。数百人の学生同士が乱闘になった。

「貴方は血だらけになり、それでも拡声器のマイクを離さず訴え続けていた私は、手にしていた木刀で手当たり次第に皆さんを打ち据えていた」

「……」

「あんな最中なのに、ふと妙な思いにかられましてね。自分達は何の為に血を流してるんだろうって……貴方が訴え続けているのを聞いていて、あ、この人達だってちゃんとした信念を持って社会に立ち向かってるんだ。その時、貴方を何人かの男が取り囲んで……」

「あっ……」

 梶は何かを思い出し、目の前の男をまじまじと見つめた。

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