明日なき狼達
 銀座のマンションを出てすぐ、梶はタクシーを拾って、

「小菅へ」

 と運転手に告げた。

 道が混んでいて、思った以上に掛かってしまい、ぎりぎり面会時間に間に合った。

 高速の横にそびえ立つ無機質な高層ビル。最上階が周囲をぐるりと見渡せる展望台のようになっていて、更には屋上はヘリポートになっている。

 その建物が、東京拘置所であり、様々な犯罪を犯した人間が三千人余りも収容されている事を知っている者は、意外に少ない。

 正門前でタクシーを降り、梶は通い慣れた道筋を歩き、面会の手続きをした。

 一度の逢瀬は僅かに数分。その僅かな時間は、梶にとっては誰よりも濃密な時間であった。

 何時ものように名前を呼ばれ、指定された番号の部屋へ入る。

 既に女性刑務官に付き添われていた静子が仕切りの向こう側に座っていた。

 梶の顔を見ると、ちょこんと頭を下げる。

 泣き笑いのような表情と、俯き加減の眼差し…今日も変わらない静子がそこに座っている。

「暫くお見えにならなかったから、何だか嬉しくって……」

「うん……」

「お忙しいのでしょ?」

「ちょっといろいろあってね。それより元気そうで何よりだ」

「先生は、余り元気そうじゃないみたい……」

「そうか?そうかな……」

 普通に振る舞い、普通に話そうとしたが、梶の口からは会話らしい会話は出て来ない。

 静子も言葉を飲み込んでいる。

「何か差し入れしとくけど、何がいい?」

「先生……」

「ん?」

「多分、近いうちにお別れになると思います」

「……」

 静子の口にする別れ……

 それは黄泉の世界へ旅立つ事を意味する。

「お別れって、そんなの何時あるかなんて君に判る訳無いじゃないか。誰も事前にそういう日を教える事は無い筈だ」

「私には判るんです。昨日、カウンセリングがありました」

「それなら前にもあったじゃないか」

「ええ。でも、昨日のは何時もと違ってました。所長さんの面接もありましたし……それに、先生もお別れを言いに来たんでしょ?」

「……」

 アクリルの仕切り越しに、切ない程に愛しい人が、悲しげな眼差しを寄越している。





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