明日なき狼達
 一人の男が周囲を見渡し、通行人が途絶えたのを確認して、もう一人の男に目で合図をした。互いに小さく頷くと、ゆっくり物陰から出、梶との距離を詰め始めた。

 二人がほぼ同時にナイフを取り出し、後二、三メートルでその切っ先が届くといったところで、突然悲鳴が聞こえた。

 偶然に路地の角から現れた女性が、男達が手にするナイフを見たのである。

 悲鳴で尾行者の足が一瞬止まり、梶と目が合ってしまった。

 何事かと思った梶の目に映った二本のナイフに、彼は事の全てを悟った。

 尾行者が一瞬立ち止まった隙をついて脱兎の如く走り出した。

 女性の悲鳴が再び辺りに響き、彼女もその場から逃げようとして今来た道を戻るようにして駆け出した。一人の男が女性を追い、もう一人が梶を追った。

 梶を追って来た男の足は速かった。あっという間に梶との距離を詰めた。

 車が一台やっと通れる位の細い路地を、梶は必死で逃げ回った。いかんせん、初老の域に達している梶に何時迄も走り続ける体力など無い。

 道を曲がった瞬間、梶は自分の死を実感した。

 道が行き止まりになっていた。両脇の家には灯り一つ無い。振り返った目の前には冷徹な目をした男が立っている。梶とは違い、息一つ乱していない。

 遠くの方から悲鳴が聞こえた。そして、静寂が訪れた。

 男が手にしたナイフを無造作に突き出して来た。

 梶は蛇に睨まれた小動物の如く身動きが出来なくなっていた。それが梶に幸いした。

 恐怖で身体が竦み、膝が抜けてナイフの切っ先が届く寸前に尻餅をついた。

 男のナイフは僅かに梶の左腕を掠めた。

 男の身体が尻餅をついた梶の上にのし掛かって来た。

 必死でナイフから逃れようとしてもがいているうちに、二度ばかりちくりと痛みを感じた。

 身体の何処かを切られたか……

 無我夢中で手足を動かし、男の手首をあらん限りの力を込めて握り締めた。何かの拍子に体制が入れ代わった。

 密着した互いの身体の隙間で、ナイフの切っ先が血を求めて柔らかい肉にめり込んだ。

 何の抵抗も無く刃の全てをめり込ませ、その肉体は急に活動を停止した。

 梶の身体が男に覆い被さったまま大きく何度も上下した。

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