明日なき狼達
 強張った表情のまま、運転手はハンドルを握っていた。バックミラー越しに見える男の姿は、凶悪犯罪者のようだ。服も髪も乱れ、所々血痕が見える。

 運転手は走りながら交番か警察署を探した。

 後ろの男はケータイで殺されるとか、人殺しとかいった物騒な言葉を口にしている。

 信号の先に交番が見えた。

 警官の姿は見えないが、あそこに逃げ込めば……

 タクシーが急停車した。

 丁度ケータイで児玉と話しをしていた梶は、急ブレーキの為に顔を運転席との仕切り板にしたたか打ち付けた。

 運転手は急停車したと同時にタクシーから逃げ出し、交番に飛び込んだ。

 梶はそれを見て慌てた。

 つ、捕まる……

 咄嗟に後部座席から運転席へ回った。梶はそのままタクシーをスタートさせた。

 交番から運転手が警官に喚きながら出て来たのがバックミラーに映っている。途中、何度か信号無視をし、何台かの車と接触もした。走っているうちに、幾分冷静さを取り戻し始めた梶は、このまま奪ったタクシーに乗り続けるのは危険だと感じ、乗り捨てる事にした。

 何処をどう歩いたかは覚えていない。気付いたら銀座のマンションに着いていた。

 電話をすると、浅井の若い者が出て来て、梶を招き、駐車場へ連れて行った。

「オヤジと他の皆さんは既に別な場所に移動していますので、そちらへ向かいます」

 梶を乗せた車は首都高6号線から千葉県を目指して走った。

 習志野市内に入り、郊外の住宅街から少し外れた所に、加代子の持ち家だった家があった。1000坪は有にあろうかという敷地を持つその家は、児玉達が潜むにはうってつけのものであった。

 梶が着くと、浅井が真っ先に出迎えた。

「無事で何よりでした。皆さん心配してましたよ」

 浅井の言葉に何も答えず、梶は皆の前に現れるなり、

「何時やるんだ……」

 と言った。

 薄くなった頭頂部を隠すように伸ばしていた長い髪はザンバラになり、まるで落ち武者のようだ。背広が何箇所か切られ、血が滲んでいる。

「梶、怪我をしてるのか?」

 神谷が心配そうに声を掛ける。

「早く手当てしなくちゃ。あんた、ほんと馬鹿だよ……」

 加代子がそっと呟いた。
< 136 / 202 >

この作品をシェア

pagetop