明日なき狼達
 浅井がマルボロを差し出した。

「洋モクですな」

 児玉が今では使わない死語を口にしたものだから、浅井は思わず吹き出しそうになった。

 互いの煙草に火を点け、深く吸い込む。

 浅井の想いは、生存の定かでは無い澤村に馳せ、児玉のそれは、数時間後に間違い無く起こるであろう戦いに馳せていた。

「どうなるのでしょう……」

 ぽつりと浅井が言った。

「さあて、どうなりますかな……」

 一見、無責任とも思える児玉の言い草であったが、浅井はそう思わず、

「神のみぞ知る、ですか。」

 と言った。

 児玉は笑みを浮かべながら、

「実は、私自身は無神論者でして。昔の日本陸軍は神ばかりに頼っていたものですが、自衛隊に生まれ変わってからは、かなり理詰めな教え方をするようになりましてね。勝算の無い戦闘はしないという教えが徹底されてます。神には頼りません。
 まあ、それでも最後にものを言うのは絶対に負けないという思いの強さが勝負を分けるものですが」

「意外でした」

「意外?」

「ええ。児玉さんがそこ迄雄弁とは思いませんでした」

「雄弁……そうですね、雄弁にでもならなければ、恐怖感には勝てません」

「恐怖?さっきの活躍を見たら全然そうは見えませんでしたが」

「元レンジャー部隊と言っても、実弾を人に向けて撃ったのは初めてですし、長い事、専守防衛を国から押し付けられて来た訳ですから、正味の所、ヤクザとして様々な修羅場をくぐり抜けて来た経験をお持ちの浅井さん達の方が、いざとなれば胆が座ってるのではないでしょうか」

「修羅場……しかし、今度のは正真正銘の修羅場を迎える事になりそうですね」

「はい」

「皆さん、無事に生き残れたら……」

「我々は老兵ですから、これで命を落としたとしても、寧ろ最後の死に花を咲かす事が出来て幸せと思えるかも知れません。相手が相手ですから、差し違えてこそ本望、そう思ったからこそ、こんな無茶もやれてるんだと思います。
 浅井さん達こそ、まだ先の長い人生がある訳ですから、その浅井さんや澤村さんが私達の為に……」

「いや、私らも意味も無く生きるよりは……」

 後の言葉を互いに飲み込んだまま、二人は笑い合った。

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