明日なき狼達
 拘置所に面会に来た千恵子に、松山は別れを口にした。

「私、何年でも待つわよ」

「バカヤロ。待つって、いったい何年俺が喰らうか判ってんのか。お前は、お前の人生を行け」

「お前の人生って…私の人生は貴方なのよ」

 涙混じりに答える千恵子。

 松山もそれ以上の言葉を失っていた。

 一週間程して、千恵子から手紙が来た。

『……どうして私が毘沙門天の事を知っていたのか、それは私の生まれ故郷の言い伝えを子供の頃に祖母に聞いていたからなの。
 昔、上杉謙信という武将が居て、毘沙門天の生まれ代わりと言われていた。
祖母は何時もその話しをしてくれわ。子供の時分にそんな話しを毎晩のように聞かされていたら、ヒーローのような存在になってしまったの。
 大学に入る為に東京へ来てから、それなりに男の人とはお付き合いして来たけれど、誰一人として、この人だって思えなかった。
 そんな時、私は貴方に出会った。いえ、貴方と言うよりも、毘沙門天と共に生きる貴方に出会ったの。幼い頃の私のヒーロー、神様みたいな存在を背負った貴方に……』

 長い手紙の中程に書かれてあったその一文は、松山の脳裏にずっとこびり付いた。

 手紙には、一言も別れの言葉は書かれていなかった。普通に、ごく普通に日常の出来事が書かれてあった。

 その中でこの毘沙門天の話しの下りだけが、何故か前後の文から掛け離れていた。子供の頃に聞かされてヒーローのように思えたなどと、そんな訳などある筈が無い。

 彼女なりの比喩なのだろう。

 どんな思いで千恵子はこの手紙を書いたのだろうか。今となっては知る由も無い。

 そう言えば、千恵子の生まれ故郷は米沢だったな……

 何年振りかで千恵子の事を思い出していた。

 今は幾つだ?

 結婚してるのだろうか……

 子供は……

 何を今更……

 松山は頭の中を振り払うように、再び銃の手入れをし始めた。


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