明日なき狼達
 郷田がトランシーバーで幾つか指示を出し、自分は一人で建物の侵入口を探しにその場を離れた。

 建物を囲む人員を一カ所だけ手薄にした。

 中の者が必然的にその方向に足を向けるように罠を仕掛けたのである。

 その場所で奴らが追い込まれて来るのをただじっと待っていればいい。

 児玉一佐か……

 名前を思い出したが、特に感慨深げになるといった気持ちは持ち合わせていない。

 老いぼれが何を血迷ったか……

 強いて言うならば、そんな事位だった。

 林の中を歩き、敷地の裏側に向かう。所々に配置した人間達は、滝沢の直接の手の者では無い。現役の警視庁特殊テロ対策ユニットの隊員である。

 国家権力を自分の都合でこのように使う滝沢の力に改めて驚きはしたが、かと言って畏怖の対象になるかと言えば、それはNOだった。

 郷田には、寧ろ追い込まれた児玉達の方に同情心を抱いた。今や、周辺数キロの地域は完全に治外法権の場となっている。それどころか、司法すらも自分の手足のように使ってである。

 奴らの手に掛けさせてはならない。

 せめてもの情けとして、自分の手で葬ってやらねば……

 郷田はそんな思いで敷地の裏側へと歩いた。

 最後は……

 そう、最後の一人は銃ではなく、このナイフで美しく死を迎えさせてやらねば……

 常人には理解し難い感情を身体の内に秘めさせて、郷田は腰のナイフを点検した。



 建物は東西南北にエックス字を描くように建てられていたが、その殆どが廃墟になって朽ち果てていた。中央部だけが居住用にも使える位人の手が入っている。

「最近迄使われていたんですね」

「お、俺はこ、此処で滝沢の顔を見た……」

 澤村が搾り出すようにして話した。

「貴方を助けに来たのに、こうして袋の鼠になってしまった……」

 児玉は自分の不甲斐無さを責めた。

「おい、児玉さんよ、あんたが簡単に諦めちまってどうすんだよ。そんなんじゃ、梶が浮かばれねえぜ」

 野島の言葉に頭を下げ、

「私がもっと用心していれば……」

「勝負はゲームセットの声を聞く迄は諦めちゃダメだぜ。滝沢の命もそうだが、六千五百億のダイヤだってまだまだ諦める訳にはいかねえんだ」

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