明日なき狼達

楊小龍

「ヤンさん、電話です」

 道玄坂小路の中程にある中華料理屋で一人遅い昼食を摂っていたヤンに電話が入った。

「誰からだ?」

「劉と言ってます」

「劉さんから?」

 劉とは、東京の華僑協会の会長である。

 赤坂に高級中華料理店を経営し、渋谷や新宿、銀座、六本木辺りにも幾つもの不動産を持っている。

 ヤンも渋谷で仕事をしている関係上、何度かその姿は見た事はあった。だが、中国残留孤児の孫として日本に流れて来たヤン風情では、親しく顔を会わす機会など無かった。

 その劉からの電話に、ヤンが訝るのも当然だ。

「もしもし、私がヤン・シャオロンですが……」

(突然の電話ですまんな。今から会える時間はあるかね?)

 電話越しでも圧迫感を受けた。

「判りました。どちらへ伺えば宜しいでしょうか?」

(私の方から出向く事にします。10分後には車が着くでしょう)

 突然の面談申し込みの意味するものは?

 相手が相手だけに、内容によって断るといった選択は出来ない。言葉遣いこそ丁寧ではあるが、かえって不気味さを感じる。

 食べかけの食事をそのままにし、ヤンは劉を出迎えるべく、道玄坂へ向かった。5分とせず黒塗りの高級車がヤンの前に停まった。

 助手席から、頬に傷のある強面風の男が降り、後部座席のドアを開けた。降りて来た男は、対称的に穏和な表情をした六十年輩の大人風であった。

 ヤンが慌てて側に駆け寄ると、その男は更に柔和な顔を見せて頭を下げた。

「わざわざすいませんな」

 表情や物腰こそ穏やかさを感じさせるが、見る者が見れば、その目が決して穏やかさばかりではない険しさを隠しているのに気付く。オーラというものをこれ程迄に感じさせる人間をヤンは初めて見た。

「宜しければ私の店でお話しを伺いましょうか?」

「いえ、余り他人に聞かれたくない話しですので、よかったら私の車の中で走りながらという事でも構いませんか?」

「判りました」

 強面風の男が表情も変えず、ヤンを車へと促した。

 車はヤンを乗せ、青山通りから首都高へと入って行った。

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