明日なき狼達
「こら、神谷……あたしをほっといて何を御託ぬかしてんだ。酒、さ、け……あたしのはまだなのかい……」

 加代子が虚な目をしながら突然起きた。

「忘れたりなんかするもんか。ちゃんと姐御の分もあるよ」

 神谷は加代子の前にグラスを置き、半分程入れて差し出した。

 加代子はそれを軽く一息で飲み干すと、

「あんたにしちゃ随分気前よくこいつを開けたんだね。そこのお二方、この唐変木はね、客を見て出す酒を決めやがんだよ。味のわかんねえ奴には適当に、てね。
 て言うかさ、こんなしけた店に酒の味が判るような御大層な御仁が来るかよってんだ。だからこの店は何時迄経っても流行んないの!」

「姐御の御高説も今夜が最後だな……。
 しかし、どういう風の吹き回しでうちへ」

「悪いかい、たまに飲みに来てやんないと、この店の酒が売れ残っちまうからね。あんたの飯代分位は売上に協力してやろうって、あたしの情けが」

「もう、大丈夫だよ。今夜限りでここはお終いだから」

「……?」

「だから、何でも好きなだけ飲んでくれ」

「あんたもかい……」

「物事、始まりがあれば終わりありってね。何時かは最後を迎えなきゃならないんだ。それがたまたま今夜になっただけの事」

「ふん、ジジイになっても青臭い事吐かしやがるよ。女の抱き方も知らなかった奴が、偉そうに…テン」

「おいおい、昔の話しは勘弁してくれよ。俺と兄弟になってる奴も横にいるんだから」

 そう言って、神谷は梶の方を見た。

 梶は、すぐに思い出した。

 兄弟……

 苦笑いが零れた。

「あんたと兄弟?どっちの人だい?」

「加代さん、俺だよ。忘れたかい?」

「あたしが覚えるのは、渋い二枚目だけ。並の男はいちいち覚えてらんないの。ま、あそこがよっぽど具合がいい奴なら、顔は忘れても跨がっちまえば思い出すだろうけどね」

「私は並だったんだろうなぁ」

「まあ、そんな黴の生えた昔話なんかどうでもいいから、今夜はとにかく飲みましょう。
ほら、姐御もグイッと」

「あたしを酔わせて、ただで一発なんて考えてんのかい?
 そうはいかないからね。昔程若くは無いから、多少は安くはしとくけど、ちゃんと銭は貰うよ」

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