明日なき狼達
 隣は一般の民家だった。

 二階の物干し場と、こちら側の建物の間は、約一メートル。若干、こちら側の方が高く、段差がある。

 窓から身を乗り出し、神谷が先に飛び移ろうとした。

「神谷さん、自分が先に行きます」

 浅井がそう言って窓の手摺りに足を掛けた。

 建物と建物の間から路地を見る。人影が動いたような気がした。

 急がなければ……

 身体中の傷が軋んだ。

 痛みというより、重い引力が浅井の身体を飛ばさせないようにしているかのようだ。

 飛び移るというより、そろそろといった感じだ。向こう側に移るなり、浅井は手を伸ばし、先に児玉を寄越すように言った。

 松山と神谷がそっと児玉の身体を向こう側に乗り出させる。

 微かに児玉の口からうめき声が漏れる。

 身体の半分程が向こう側に移った時に、一階で物音がした。

「急いげ!」

 松山が腰の拳銃を抜いて階段口に向かおうとした。すると澤村が横にぴたりと付くようにして同じように拳銃を構えた。

「お前は先に行け」

「兄さんを一人残す訳には行きませんよ」

「バカヤロ、年寄りに花を持たせな」

「匡さんはまだまだ花を持たす程の年寄りなんかじゃありませんから……」

 松山の顔に笑みが零れた。

 階下の物音は、足音を忍ばせているのが手に取るように判る。階段がミシ、ミシッと音を立てている。

 ちらりと窓の方を振り向くと、神谷がこちらを心配そうに窺いながら窓の手摺りに足を掛けていた。

 音がゆっくりとやって来る。

 階段口に僅かに黒いニット坊の頭が覗いた。

 その頭がこちらに向いた瞬間、松山と澤村の銃を構えてる姿を目にし、腰を抜かさんばかりに階段を転げ落ちた。

「居たぞっ!」

「気付かれちまった!」

「匡さん、俺達も早く逃げましょう!」

「うん」

 下から、

「二階だ、二階に居るぞっ!」

 という怒声が聞こえて来る。

「澤村、先に行け!」

「匡さんっ!」

「いいから早く!」

 澤村が窓の手摺りに足を掛けたと同時に、銃声が響いた。


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