明日なき狼達
「おい、若造。喧嘩の本当のやり方を教えてやる……」

 低く抑えた口調が、尚更若者達を畏縮させた。

 他の通行人がこの光景を遠巻きに眺めている。関わりになる事を避けているくせに、傍観する眼差しには、格闘技の試合でも見てるかのような色合いがあった。

「どうした。こんな年寄り相手でもサシの喧嘩は怖いか?」

 松山の挑発するような物言いに、一人の若者が反応した。

 飛び掛かるようにして右拳を振り回して来たその若者のパンチを松山はかわそうとせず、両腕でブロックした。かわせるだけの反射神経は無い。受け止めて掴んでしまった方が何とか勝負になる。

 そう咄嗟に思ったが、甘かった。

 ブロックするよりも一瞬速く、相手の拳が左の頬に打ち込まれた。

 脆くも崩れる松山を見て、他の者達も再び暴行を加え始めた。

 嵐に巻き込まれた難波船のように、松山の身体はボロボロにされた。

 熱に浮かされたかのように暴行を加えていた若者達も、ぐったりとした松山の姿を見て、やっと引き上げて行った。

 引き上げながら彼等は口々に、

「へん、たかがジジイのくせに意気がった台詞吐くからちょいビビったぜ」

「何だお前、あんなんでビビったのかよ」

「そういうお前だって」

「ちくしょう、鼻血が止まんねえ」

「そりゃお前がドジなの」

「たく、頭くんなあ、もう一発蹴り入れてくっかなあ」

「止せよ。もうほっとこうぜ。これ以上やっちまって死んじまったらシャレになんねえぞ」

「景気付けで飲み直そうぜ」

「そうすっかぁ」

 薄らぐ意識の中で、松山は彼等の会話を聞いていた。

 ヤクザの看板が外れりゃ、俺もただの薄汚いジジイか……

 横を通って行く通行人達は、皆、松山を避けて歩いた。

 誰も助けの手を差し延べない。

 失いかける意識を何とか奮い立たせ、這うようにしてその場を去ろうとした。

 電柱や建物の壁にもたれながら、何本かの路地を曲がった。

 新聞配達のバイクが走っている。

 遠く東の空が漆黒の闇に群青色の絵の具を溶かし出していた。烏が騒がしく鳴いている。

 夜が明けたか……

 意味も無くそんな事を思いながら、松山は気を失った。
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