明日なき狼達
 電話の音で児玉は目が覚めた。

 時計を見ると、まだ朝の六時にもなっていない。

「もしもし、児玉ですが……」

(こちら、飯田橋の警察病院なんですが……)

「はあ……」

(松山匡さんてご存知ですか?)

 児玉はその名前を聞いて、直ぐに反応出来無かった。

 松山、松山……

(もし、もし、児玉さん?)

 墓参りの時の……

 そうだ、松山と言っていた筈だ……

「あっ、はい、すみません。そうです。私の知り合いです」

(よかった。あのですね、御本人が先程こちらに運ばれて来たんですが、意識がまだ戻ってなくて、持ち物の中からそちらの連絡先が書かれたメモを見つけて、漸く連絡が取れたんです)

「あのぉ、事故か何かに……」

(まだ判らないですが、怪我の状態からすると、暴行を受けたようなんです。発見した方が先に警察に通報されたんで、それでこちらへという事なんです)

「判りました。今からそちらに伺います」

(そうして頂けますか)

 児玉は急いで身支度をした。

 箪笥から、何枚かのパジャマと着替え、それと洗面用具を用意した。つい最近迄娘を看病していたから、無意識のうちにそれらの物を支度していた。

 電話でタクシーを呼び、飯田橋へと向かった。タクシーの後部座席で、児玉は墓所の待合室で会った松山の顔を思い浮かべていた。

 元ヤクザの殺人犯……。

 松山自身がそう話したのだから、事実ではあるのだろうが、児玉には実感として受け止める事が出来無かった。

 今もそれに変わりは無い。松山からそういった暴力の匂いを嗅ぎ取れなかったからである。

 人は、歳を重ねると他人にお節介を焼きたがるようになるか、まるっきり他人と交わる事を嫌うかの両極端になるものだ。

 児玉自身は、どちらかと言うと、余り他人の世話になりたがらぬ質だったから、他人に対しても余り進んで何かをするという事をしない。

 恐らく、長い間レンジャーの教官をしていた事が影響しているのかも知れない。

 何故なんだろう……

 病院に向かう道すがら、児玉は松山と関わりを持った事に、我ながら不思議な思いにかられていた……。




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