明日なき狼達
 野島は、映画や小説の世界で描かれているような、有り得ない事件が、現実に行われた事に寒気を憶えた。しかも、事件は単純では無い。

 全ての起こりは、滝沢秋明……

 確信した。

 しかし、野島はどう行動すべきか迷った。

 幸い、事件当時の警察庁長官から、つい先月新しい長官に代わっている。前長官は東大派閥。現長官は京大派閥だ。

 野島の直属のトップも京大……

 やれるかも知れない。

 野島は、刑事としての使命感云々よりも、もっと単純な理由からこれを掘り出してみたい気持ちになった。

 正義感……とも違う。敢えてこの時の気持ちを表すならば、怒り。

 これが一番近い感情であったかも知れない。

 野島は、それらの資料から割り出した報告書を書き上げ、それに自分の見解を添えて上司に提出した。

 日和見を決め込まれるかと危惧していたが、元が野心家の上司は、野島の報告書を読んで乗り気になった。

「誰もが手を出せなかった滝沢秋明を俺達の手で、か。
 野島、こいつはデカイ魚を引っ掛けたもんだなあ。しかし、長丁場になるぞ。慎重に事を運ばないとな。一応、上にこの報告書を提出してみる。俺からもプッシュしておくよ。ただ、この魚を釣り上げたら、警察官僚の退職、現職問わず、キャリアの墓場が出来るぜ。
 ま、その墓石には安西の繋がりだけに入って貰うとするがな」

 安西とは、前長官が、次の次の長官にと本庁に残した東大閥のキャリアである。

 野島の心は躍った。

 俺がこの大物を直に釣り上げてやる……

 だが……




 あれから十数年。

 野島は大物を釣り上げるどころか、釣竿さえ握らせて貰えなかった。しかも、降格と減給、そして左遷……。

 懲罰理由は、内偵捜査中に知り合った風俗嬢と、私的に付き合いをしたという内容でである。

 確かに、都内の高級デートクラブの内偵を命ぜられ、その際に繋がりを持ったデートクラブの女は居たが、私的な付き合いなど無かった。あくまでも情報源として、何度か会っただけだったし、実際に金を払って遊んだ際も、それは捜査としてであった。

 経費として……

 野島のキャリアは、この日を境に崩れ落ちた。

 見えない壁の前に……
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