明日なき狼達
第三章…牙は失われず

引き寄せられた者達

 警察病院に運び込まれた松山は、入院当初は意識を失っていたが、翌日には回復し、二週間程で退院出来る迄になった。

 一応、警察が傷害事件として扱うかどうかを、松山本人に確認しに来たが、松山が訴える事をしなかった。入院費は、児玉が立て替えた。

 松山は、残り少なくなっていたとはいえ、刑務所で得た金がまだあったから、それで払うと言ったが、児玉はその金は手を付けない方がいいからと言って払わせなかった。

 退院しても、当座帰る場所の無い松山を児玉は、自分の家に住めと奨めた。

 松山は甘える事にした。他人に甘えるという事を何処か拒んでいる所が見受けられた松山だったが、児玉の人柄に惹かれるものを感じ、素直な気持ちで感謝した。

 退院したとはいえ、折れた肋骨はまだ完全にくっついていない。

 仕事を探しに行きますという松山を何とか説き伏せ、暫くは養生させた。

 妻と娘を亡くしてからは、何処か無味乾燥な毎日を送っていた児玉だったが、松山が同居人になった事で、それが消えて行った。

 児玉の朝は早い。

 長年の習慣で、朝のジョギングは欠かさない。時間を掛けて約10キロ程を走り、戻ってからはたっぷり30分は筋トレをする。シャツを脱ぎ、汗を拭く姿を見た時、松山は児玉の本当の歳を信じられなくなった。無駄を一切廃除した身体は、柔らかさと鋼の強さを持っているように見えた。

 暫くすると、松山も児玉のジョギングに付き合うようになった。

 最初の二週間は、まるっきり身体が動かず、筋肉痛が酷かったが、走る前にたっぷりストレッチをしてくれたので、一ヶ月もすると見違えるように身体が動くようになった。

 割と無口な児玉ではあるが、松山もそれ以上に普段は余計な事を喋らない。

 たまに晩酌の時に、ぽつりぽつりと昔の事を話したりするが、それだって児玉の方から誘い水をしなければずっと無言でいそうな位である。

「ヤクザをやっていた時は、自分が一端の人間だなと思い上がっておりたした。長い刑務所生活からこうして娑婆の空気に触れてみると、自分は何にも出来ない男なんだなって……」

 ある日、何時ものように二人で晩酌を傾けながら、何気に夕刊に目をやると、知った名前を見つけた。

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