明日なき狼達
「そんな事位心配入りません。社長をやってる門倉というのは、かなり腹の据わった人間ですから。
 元々、社会からスポイルされた人間に手を差し延べるのが好きみたいな奴でして、従業員の中には少年院上がりや前科者もおります。
 以前に、ヤクザから足を洗いたがっていた人間を雇おうとした時に、入っていた組の事務所と揉めましてね、単身その事務所に乗り込んで話しを着けた事もある程の男です。松山さんよりは少し年下ですが、信頼出来る人物です。それに、勝手ながら既に松山さんの身の上もある程度は話してあるんです。それを承知の上で会ってみようと言ってくれてますから、何も気にせず話しだけでも聞いてみましょう」

 松山は返す言葉も無く、ただただ頭を下げるばかりであった。

 親子の血よりも、交わした盃の濃さ……

 そう言われ続けて来たヤクザの世界であったが、現実には打算と己の損得でしか考えない輩が殆どだった。

 自分の出世の為なら、例え盃を交わした相手であろうと平気で刃を向ける世界……

 義理だの人情だのという台詞は、現実には存在しない。寧ろ、こうして薄い縁、偶然、出会った人間同士の方が、真実の情けを見せてくれる。

「恩に来ます……」

 児玉はにこやかに笑いながら、

「さ、再出発の前夜祭です。もう一杯如何ですか?」

 と言ってビールを勧めた。



 翌日、二人は渋谷にあるビル清掃会社の事務所に出向いた。

 社長の門倉が直接会ってくれた。

「とてもお歳には見えない。お見受けしたところ、松山さんなら大丈夫でしょう。ビルの清掃と言っても、何気に重労働ですから、体力勝負の仕事です。
まあ、身体を慣らしながら無理せずぼちぼちやってみて下さい」

 その場で採用が決まった。

 児玉は我が事のように喜んだ。

 仕事は翌日からという事になった。

 思えば、人生六十にしての初就職を松山は迎えたのである。

 ビルの清掃業務は、門倉が言っていたように、思っていた以上に大変で重労働だった。既に一年近く働いている二十歳の若者とコンビを組んでの作業だった。元暴走族上がりで、外見はまだその名残がある。

 松山はその若者を一目で気に入った。何と無く、自分の若い頃をその若者に投影していた。


< 47 / 202 >

この作品をシェア

pagetop