明日なき狼達
 会社の皆からは、亮太と名前で呼ばれていたその若者が、社内では一番若く、松山が最年長というコンビで仕事をしていた。亮太は松山の身の上を当然知らないから、ごく普通に接してくれた。松山にとって、それは新鮮な感覚であった。

「オッチャン」

 亮太は松山を呼ぶ時にそう言う。

 松山はそれに対し、

「亮太君」

 と呼ぶ。

 呼ばれた本人は、少しばかり先輩風を吹かすのだが、それが何と無く微笑ましかった。

 仕事をし始めて二週間ばかりしたある夜、ちょっとした出来事があった。

 道玄坂にあるマンションの清掃をしていた時の事だが、偶然亮太の元の不良仲間と本人が出喰わしたのである。しかも、散々喧嘩した相手だったらしい。

「何だお前、亮太じゃねえか」

 その相手の身なり格好を見ると、どう見てもまともな仕事をしてる者には見えない。そのマンションには、確か幾つかヤクザの事務所が入っていた筈。

 亮太はバツの悪そうな表情を見せた。

「昔は一端の口を利いてた亮太さんが、今じゃ掃除の兄ちゃんか」

 三人ばかり仲間を連れていたせいもあり、相手は必要以上に亮太を嘲弄した。

 亮太の顔色が変わった。

 松山はまずい事にならなければと思った。

 亮太は保護観察期間中であった筈……

 ここで変な問題を起こすと、場合によっては保護観察が停止になりかねない。

「ちゃんと働いてくれよ」

 相手はそう言うなり、亮太の足元に痰を吐いた。

 両の拳をしっかりと握り締め、亮太は懸命に怒りを抑えている。

 亮太が挑発に乗って来ないとみるや、

「掃除の兄ちゃんになったら喧嘩のやり方も忘れたか」

 松山はそれ以上静観している訳にも行かなくなり、二人の間に入った。

「仕事中なんだ。特に用が無ければ、邪魔をしないで貰えないか」

「ん?今何て言った。おい、オッサン、口の利き方に気を付けろよ!」

 そう言うなり相手は松山の胸倉を掴んで来た。

 と同時に、亮太の右拳が相手の鼻っ柱に命中した。

 成り行きを見ていた仲間が、直ぐさま亮太と松山に挑み掛かり、乱闘になった。

「ボケがぁ!親栄会舐めんじゃねえぞ!」

 怒号がマンションのロビーに響いた。


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