明日なき狼達

五匹目の狼

「お、お父さん、ごめん、な、さい……」

「美恵子っ、、美恵子ぉ!」

 白髪の男は、ベットに横たわる女の手を握り絞めたまま、しわがれた声を病室いっぱいに響かせた。

「児玉さん、離れていて下さい!」

 若い看護師が、児玉と呼ばれた老紳士に言う。

 病室の扉が勢いよく開けられ、銀色のワゴンを押した看護師を先頭に二人の医師が入って来た。

「先生、バイタルが!」

「うん」

 医師は二人の看護師に次々と指示を出し、受け取った小さな注射器をそのまま女の胸に射った。

 女性特有のふくよかな胸は既に面影が無く、殆ど骨と皮だけになっていた。

 ごめんなさいとか細い声を発した女の目は、黒みを失い、瞼も力無く閉じられようとしていた。

 半開きの口から、うっすらと血が見える。

 医師と看護師達は、無駄の無い動作で次々と処置をして行くのだが、ベットの横にある機械が示す数値は、女の命の終わりがそこ迄来ている事を表し出している。

 電気ショックと心臓マッサージが何度か繰り返された。

 30分後、

「午前七時二十三分……」

 医師の一人が腕時計を見ながら、誰に言うでもなく言った。

「児玉さん、残念ですが御臨終です」

 感情の起伏が感じられない機械的な物言いで、もう一人の医師が告げた。

「お世話になりました……」

 頭を下げた児玉の肩に、医師が軽く手を沿え会釈した。

 医師が示した唯一の感情表現だったが、それはやるべき事を全て遣り尽くしながらも、これ以上はどうする事も出来なかった無念さを滲ませていた。

 触れた手からそれが伝わったのか、

「いろいろとありがとうございました……」

 と児玉は言った。

 二人の看護師は死後の処置をしている。

 痩せ細った女の身体から、何本ものチューブや生命維持装置のコードが外され、キャスター付きの寝台に移された。

「児玉さん、霊安室の方へ移しますので」

 看護師に促されて、児玉は物言わぬ骸となった娘の後に続いた。


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