明日なき狼達
 その事があってから、亮太の松山を見る目が変わった。

 松山は相変わらず、

「亮太君」

 と呼ぶのだが、亮太はそれ迄の 「オッサン」から、「松山さん」に呼び方が変わった。

「亮太君、今迄通りオッサンでいいよ」

 そう言うのだが、亮太の松山を見る目は日増しに畏敬の色を帯び始めていた。

 松山が元ヤクザで、それも大親分だった……という話しが社内に広まった。

 噂の出所は亮太であった。

「親栄会で渋谷の澤村っていったら、ちょっと不良かじった事があれば知らない奴はいないって位有名なんだぜ。その澤村が松山さんに頭下げたんだ」

「しかし、全然そんなふうには見えねえよなぁ……」

「バカヤロ、その辺のチンピラと一緒にすんなよ。偉い人程、そういうとこを見せないもんなんだよ」

 澤村と再会したマンションには、その後も定期的に仕事に行っていた。

 ある時、澤村から食事に誘われた。

 まだ仕事中だからと言うと、ならば終わってから是非にと言われた。

 仕事が終わり、会社で着替えてから、澤村と約束した寿司屋に向かった。

 繁華街から路地を一本入った場所にあった寿司屋は、澤村以外他に客は居なかった。

「此処なら誰にも邪魔されず、ゆっくりと出来ます。味の方はそんなに期待しないで下さい」

 そう言われたが、出所してから初めて食べる寿司は、どれもが最高に美味かった。

「ささやかですが、自分からの出所祝いです」

 澤村が松山のぐい呑みに酒を注ぐ。

「すまん……」

「何を言ってるんですか。自分がまだ駆け出しの頃、よく飯に連れてってくれたじゃないですか」

 ひとしきり、昔話に花が咲いた。

「兄さんの事、本当なら今の連中はもっときちんとしてやるべきなんです。組の命令で十五年近くもムショ務めして来たんですから……」

「……」

「どういう訳か、あん時の件に関わっていた者は皆、堅気にさせられちまってる。残ってるのは、三輪の叔父貴だけ……。
 三代目の後見人に収まって、何だか全部いいとこ取りしちまったように思えるんですよね……」

「そういう話し、他所じゃしない方がいいぞ……」

「判ってます。ただ……いや、止めましょう」

< 50 / 202 >

この作品をシェア

pagetop