明日なき狼達
 暫く無言の時間が二人の間をさ迷った。

 程よく酔いも回り、松山はそろそろ帰る時間だと澤村に言った。

「寿司の味を思い出させて貰ったよ。ありがとう」

「いえ、とんでもない。まだ時間があるようでしたら、赤坂で妹が店をやってるんです。どうですか?」

「妹さんて……」

「久美子です」

「あの小さかった?」

「ええ、ちびで泣き虫の」

「そうか、もうそんな歳になるか……」

「早くいい男でも見つけて、嫁にでも行って欲しいんですけどね」

 クラブのイベントに向かう若者達や、ほろ酔い加減のサラリーマン達の中を、二人は歩いた。

 澤村がタクシーを止めようとした時、丁度正面から数人の男達が坂を下りて来た。

 その男達の先頭を歩いている人間を見て、澤村は頭を下げた。

「おう」

 酒で赤ら顔に染めた三輪であった。

 松山は澤村から少し離れてやり過ごそうとした。

「澤村、一緒に付き合わねえか」

「今日はお客さんと一緒なもんで」

「そうか、じゃあ又な」

 三輪は松山に気付かず、若い者を従えて二人の横を通り過ぎて行った。

「兄さんの顔、忘れたんすかね」

 松山はそれには答えず微笑んだ。

「余程、兄さんですよって言おうかなと思ったんですが」

「私はもう堅気だから……今夜は此処で失礼するよ。
 まだ中での習性で夜更かしが出来なくてね」

「じゃあ、酔い醒ましに珈琲でも」

 松山はそれも遠慮しようとしたが、澤村の眼差しが単なる誘いだけでは無く、何かを訴えたがっているように感じられ、

「じゃあもう少しだけ」

 と言って澤村の後について行った。

「暫く歩きますが勘弁して下さい。組の者が来ない店でゆっくりした方がいいでしょうから」

 澤村と入った店は、神泉の駅近くにある珈琲ショップだった。

 奥のテーブル席に座り、珈琲を注文した。

 澤村は何か考え事をしているふうに見えた。

「何か話したい事があったんじゃないのかい?」

「ええ、まあ……」

「大概の事には驚かなくなったから、遠慮無く話せばいい」

「はい……」

 珈琲を半分程飲み干すと、澤村は一気に語り出した。
< 51 / 202 >

この作品をシェア

pagetop