明日なき狼達
 話しの筋立ては見えて来た。

「言いたい事は、警官殺しの真犯人というのが、当時事件直後に姿をくらました雨宮で、その雨宮というのが、最近出戻って来た……」

 澤村は、頷いた。

 松山は石丸を殺した時の事を思い起こした。

 まだ二十歳そこそこの若者だった。

 当時、百人会の理事だった三輪から、組内から警官殺しの不祥事を起こした人間が出た、組の不始末は、自分達の手で綺麗に始末しなければならない。

 そう言われ、松山がその男の始末に出向いた。

 ドスを両手に握り、その男の前に立った時、若者は何故?というような顔をした。その表情を見て、松山は一瞬躊躇いを憶えたが、逃げる構えを見せた相手を夢中で刺した。

 呆気無い程にその男は死んだ。

 松山はその足で警察に出頭し、自首した。そして十五年近くもの歳月を塀の中で過ごした。

「自分が今でも腑に落ちないのは、組の為に身体を張って人一人殺った兄さんをムショに送りっぱなしにし、尚且つ兄さんの若い衆の面倒も見なかったって事なんです。それどころか、帰る組自体を解散させてしまった……。
 兄さんが自分に常々言ってくれてた言葉がありましたよね。ヤクザは世間からの嫌われ者で半端者だ、だからせめて筋だけは守り通す事を忘れちゃならない……」

「そんな事を言ったかな……」

「ええ。もし、この話しが本当だったとすると、筋もへったくれも無い話しになってしまいます。石丸が本当に警官殺しの犯人ならば、兄さんが刺した事も、多少の筋は通る。それが違ってたとしたら……」

「もう、この話しは止めにしないか」

「……」

「真実がどうであろうと、俺の失くした歳月と奪った命は戻っては来ない……」

「そうですね。今更、雨宮がどうこうと言っても時間は戻らないんですよね……」

 一口も口を付けていない珈琲が、冷めてどす黒く不味そうな液体に変わっていた。

「すまん、明日も仕事が早いから、この辺で帰るよ」

「兄さん……」

「ん?」

「何か困ったら、必ず連絡を下さい。出来るだけの事はしますから」

「ありがとう……」

 店を出、駅に向かう途中で澤村と松山は別れた。

 薄ら寒い風を感じながら、松山は駅のホームに立って居た。
< 53 / 202 >

この作品をシェア

pagetop