明日なき狼達
 夜の12時近くになろうというのに、山手線は混雑していた。児玉の家は国立だから、新宿で乗り換えなければならない。新宿駅で中央線に乗り換えるつもりだったが、松山はそのまま改札を出た。

 特に理由も無く、又、当てがある訳でも無かったが、一人で夜の繁華街を歩いてみたくなった。

 真っ直ぐ児玉の所に戻りたくなかったのは、多分、澤村の話しを聞いたからかも知れない。

 からりとしない心持ちの時は、夜の雑踏の中をぶらぶらするのに限る。それも、適度に胡散臭げな街がいい。新宿はそれには最適な街であった。

 現在は、昔程の猥雑さが失われつつあるが、それでも、細い路地を何本か入ると、まだ充分に猥雑さが残っている。

 区役所の向かいの路地を入り、ゴミや酔っ払いの吐瀉物の横を抜けながら、松山は歩いた。

 何時しかゴールデン街に入り込み、雑多な飲み屋街を品定めするかのように歩き続けていた。

 思っていた程、人通りは無い。

 何処か適当に飲み屋に入ろうかと考えていた所、一軒のバーの前で佇んでいる男を見た。

 自分と同じ年格好のその男は、松山に気付いたが、ちらっと一瞥をくれただけで歩き始めた。

 すぐ先の曲がり角に小さなスナックがあった。まだ灯りが点いている。

 男はその店に入ろうかどうか迷っていた。

 松山は、その男の横を通り、店に入った。

 カウンターだけの店で、五人も座れば狭苦しくなる位、小さなスナックだった。

「いらっしゃい!」

 以外と若いママが出迎えた。二十後半か、いっても三十半ば位の歳ではなかろうか。客は誰もいない。

 松山が奥の席に座ると同時に、表ですれ違った男も入って来た。

 その男は入口の方に座るなり、

「ビール」

 と言って、出されたオシボリで顔を丹念に拭き始めた。

「こちらさんは?」

「水割りを」

「はい。スコッチはこれしか置いてないけど、それとも山崎とかにする?」

「ママに任せるよ」

「じゃあ、こちらにしますね」

 と言ってスコッチの瓶を目の前に置いた。

 聴き取れるかどうか位の音量で物哀しいブルースが流れていた。

 有線かと思っていたら、レコードプレーヤーがカウンターの隅で回っていた。
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