明日なき狼達
「紀子、澤村君に酌をしてやりなさい。君は紀子と顔を会わすのは初めてだったな?」

「はい」

「儂の孫娘だ。見知って置いてくれ」

「澤村です」

「初めまして。紀子といいます」

 結い上げた髪型が瓜実顔に良く似合っていた。

 浅黄色の着物姿が、まるで辻と対をなしているようで、この空間だけが時代を超越しているかのように思えた。すぐに紀子は下がるかと思っていたが、なかなか席を外さない。

 澤村は話しの切り出しをどうしようか迷っていた。

「澤村君、紀子が居る事で話しずらそうだが、気にせんでいい。この娘は親に似ず、儂に似た所があって、かなり肝は座っとる。どんな話しであっても、うろたえたりはせん。遠慮無く話しなさい」

 辻の横で微笑む紀子の視線を感じながら、澤村は話し始めた。

「先生のお力を拝借したい事が出来ました」

「ほう、君が自らそう言って来るとは、余程の事のようだな。儂で出来る事であれば構わんよ」

「滝沢秋明……」

「奴の事か?」

「私の大事な方の人生を壊した元凶です……」

「滝沢か……ま、彼とは知らぬ仲では無い。寧ろ、儂に何くれと気を使ってくれておる。で、奴と何があったんだね?」

「今言いましたように、私自身の事では無く、昔、世話になった大切な方がおりまして……」

 澤村は松山の話しをした。

 十四年前の警官殺しから、その犯人とされた石丸を松山が刺殺した事件。そして、それは仕組まれた事件であり、松山に刺殺された石丸はどうも警官殺しの犯人では無かった事。

 松山が石丸を殺害した事で、旧百人会が内部分裂を起こし、親栄会に組み入れられ、その後見人になっていたのが滝沢秋明で、警官殺しの真犯人らしき人物が渋谷に戻って来ている事などを、順序立てて話して行った。

「真相を知りたがっている人間がおります。私は、それを伝えて上げたいのです」

「その御仁は、真相を知ってどうしょうと考えておるのかな?」

「判りません。復讐の為なのか、真相を知る事で自分への慰めとするのか、或は、利用されて意味の無い人殺しをし、その相手への償いであるのか……」

「君は、儂と滝沢との浅からぬ関係を知った上で話しをしてるんだな?」

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