明日なき狼達
 松山は、此処へ来るべきかどうかずっと迷っていた。

 が、来て線香の一本でも上げなければ、自分の犯した罪の本当の贖罪にはならないという気持ちが強かった。

 長い焼香を終えそろそろ帰ろうかと思った時、ふと視線を感じた。

 背のすらりとした男だ。

 初老の男性だが、全身が鋼であるかのような逞しさを感じさせた。年齢を余り感じさせない精悍さに、松山は刑事か?と一瞬思った。

 その男も墓参りのようだ。

 軽く会釈をし、その場を立ち去ろうとした。

 その男も墓参りを終えたのか、待合室の方へ歩き始めている。距離を保ちながらその後ろ姿を見ていた。

 半袖から出ている二の腕は、永い年月の間鍛え上げられた者特有の筋肉がある。柔道とか剣道等の武道をやっていたに違いない。

 刑事でなければ刑務官か?

 松山の思考は、その辺の事ばかりしか湧いて来なかった。

 待合室の手前迄来た時、前から現れた老女と中年の女の二人連れと目が合った。

 松山の歩みが止まった。

 二人の眼差しは、様々な感情が入り混じった複雑なものであった。その眼差しが少しずつ険しくなって来た。

 老女がいきなり小走りにこっちへ向かって来た。

 松山の目の前に立つと、小さな身体を目一杯伸ばし、いきなり右手で松山の頬を打った。

 打たれた痛みは無かった。

 だが、じっと唇を噛み締め、涙を堪えている老女の姿を見る事の方が心に痛みを感じた。

「あ、あんた、よくも……」

 その先の言葉を言う前に、もう一人の女が駆け寄って来た。

「お母さん……」

 そう言って中年の女は老女を抱き抱えた。

「どうして、どうして来たんですか!」

 松山は無言のまま深々と頭を下げ、その場を足早に立ち去った。

 やはり来なければよかった……

 己にとっては贖罪のつもりではあっても、そうは受け止められない者達がいる。

 彼女達を恨めしいとは思わない。

 怒りと悲しみに満ちた眼差しの意味を自分程判っている人間はいないからだ。何故なら、自分はあの者達の大切な人間をこの手で殺したからである。

 碧く何処迄も澄んだ初秋の空の下、松山の胸の内は反対に重苦しい厚い雲で覆われていた。

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