明日なき狼達
 腕の力だけで塀を乗り越え、中に侵入した。まるで猫科の動物のような身のこなし方だった。音は一切立てない。

 7号室の裏手に来ると、部屋への侵入口を探した。

 大きな窓はあるが、中の人間に気付かれずにそこから侵入する事は不可能だ。暫く考え、裏手から侵入する事は諦めた。

 多少の危険はあるが、正面突破しかないと郷田は決断した。

 7号と書かれた入口の扉横に身を寄せ、中から物音がしないか聞き耳を立てた。微かにテレビの音がする。

「済まないが、奴のケータイに電話を掛けてくれないか」

(判った)

 吉見はボストンバックを枕元に置きながらベッドに身体を横たえていた。

 横取りしたダイヤの処分をどうするかを考えていた時、突然、胸ポケットのケータイが震えた。

 マナーモードになっていたケータイの液晶画面には、初めて見る番号が表示されていた。

 バイブが止まらない。

 吉見はケータイを耳に当てた。

(吉見、上手くやったなんて思うなよ。逃れる事は無理だ。おいっ、聞こえているのか?)

 吉見は無言でケータイの電源を切った。

 僅か数秒間の出来事だったが、吉見の注意は入口からは逸れていた。

 郷田はポケットから財布を出し、中からピッキング用の、鈎型の針金を二本取り出した。そっとドアノブの鍵穴に差し込み、一瞬でロックを解除した。

 音を立てないようにドアを細めに開けると、部屋の奥に背中を向けてベッドの上に胡座をかいでいる吉見が見えた。

 ドアチェーンを切断する為に、郷田は小型の特殊ニッパーを取り出した。刃が超合金で出来ている。人の指も、骨ごと切断出来るやつだ。安いモーテルのドアチェーン位、訳無く切れる。

 郷田はタイミングを計っていた。

 切断と同時に中に飛び込まなければならない。

 やや前傾になり、吉見がケータイを手にするのを待った。

 吉見がケータイを手にし、耳に当てた。

 郷田は呼吸を止め、ニッパーを持つ手に力を込めた。

 吉見がケータイの電源を切ったのと同時に、パチンッ!という音がした。

 音の方に吉見が振り返った瞬間、黒い塊が目に飛び込み、凄まじい衝撃を感じた。


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