セク・コン~重信くんの片想い~

(すごい……)

 一段落終えて、コースから下りたアオイは、何事もなかったかのように、柔らかな表情で仲間と笑い合っていた。
 あの小さな身体からは想像もできないくらいパワフルな姿に、重信は雷にでも打たれたかのように、すっかり放心してしまっていた。
 と、アオイの方はやっとこちらに気付いた様子で、マウンテンバイクを脇に置き、手を振りながら駆け寄ってくる。
「おーっ、アオイ! 見てたぞ、すごいな、お前!」
 恵太が興奮気味にアオイに向けてガッツポーズをとった。
「ほんとすごかったよ、アオイちゃん」
 隠れ腐女子美雪も、大興奮でアオイの手を握ってぶんぶん振り回している。これは、今晩あたり、新たに彼女の執筆作品の中にこのネタが取り入れられることは間違いないだろう。
「そっか? ありがとな。っつうか、ごめんな、オレ、お前ら来てんの全然気付かなくて……」
 申し訳なさそうに、鼻を掻きながら、アオイは照れたように笑った。
「ハギ??」
 黙りこくったまま、固まっている重信に対して、アオイは眉をしか、じっと見上げてくる。
 三人の視線を一点に浴びて、やっと現実に戻った重信は、何か言わなければと、必死に言葉を探す。けれど、なかなか適当な言葉は見つからない。重信の頭の中には、先程見たアオイの華麗なるトライアル姿が何度もフラッシュバックしていた。
「えっと……。驚いた」

 出てきた言葉はたったのこれだけ。本当は、言葉にできない感動をもっとたくさんの言葉に
してアオイに伝えてやりたかった筈なのだが、生憎、重信は超がつく程の口下手。これが精一杯の誉め言葉だったらしい。
が、そんな単純な言葉だったにも関わらず、アオイの顔は予想外にもみるみる赤くなっていった。
「なになに、アオイでも照れるのか!? ってか、アオイにこんな特技があったなんて、びっくりだよな、美雪」
「だねー」
 馬鹿ップルぶりを発揮し、恵太と美雪が顔を見合わせて頷き合う。
「あんま有名な競技って訳でもねぇし、オレもまだまだって感じだけど、そうやってお前らがバイクトライアルの良さを知ってくれたこと考えたら、今日誘って良かった気すっかな」
 照れくさそうに微笑むと、アオイはそう話した。
 重信はそんなアオイを静かに見つめた。一つの物事にこれほど熱中するアオイは、未だ熱中できるものが見つからない重信にとって、ひどく格好良く見えたのだった。大和魂というか、そのようなものが、アオイを通して見えた気がした。

「アーオイ♪」
 突如、アオイの身体が大きく揺らぎ、後方から何者かの手によって抱きすくめられた瞬間を、確かに重信ははっきりと目にした。
「なっ!?」
 アオイが声を上げ抱きすくめられた身体を捩って振り向くと、
「来ちゃったー」
と、にっこり微笑む永遠子の姿がそこにあった。
「永遠子!!」
 相変わらずのスレンダーな完璧なプロポーションに、モデル顔負けの大和撫子顔で、甘えるような上目遣いを駆使し、彼女はさも当たり前かのように、アオイに抱きついている。
 重信は、アオイとこの少女が仮にも相思相愛だとしても、どうしたって快くそれを受け入れることなどできそうになかった。知らず知らずに、不快感が滲み出てきたのか、重信の眉間に皺が寄せられてゆく。
「おっ前、勝手に入って来んなっつったろ!? ってか、くっつくな」
 アオイは呆れたように永遠子の額をデコピンすると、やられた本人の方は案外嬉しそうに弾かれた部分をさすって笑いを浮かべている。
(アオイの好きな人って、永遠子ちゃんなんだよな……?)
 重信は、ますますズンと重くなる気持ちの中、永遠子に抱きつかれたままのアオイを見つめていた。
 アオイと永遠子は、重信から見てもお似合いのカップルだった。なんだかんだ言っていても、アオイも永遠子には遠慮がなく自然体でいるし、永遠子の方もアオイをよく理解しているようだ。

 と、重信がそんな二人をじっと見つめながら、くすぶる気持ちを隠そうと躍起になっていた。そんな重信の視線を知ってか知らずか、
「いいじゃない。急にアオイに会いたくなっちゃったんだから」
 なんて言いながら、今度はアオイの腕に自分の腕を絡ませる。
「はあ? バイトでしょっちゅう会ってんだろ? 意味わかんねー」
 アオイの素っ気ない返しに、ぷうっと頬を膨らませ、永遠子は女の子らしい仕草で拗ねてみせる。
 一方のアオイは、流石に永遠子のこうした態度に対する扱いには慣れているようで、多少軽く流している感は否めない。
「なにそれー。この人たちはアオイの練習見に来てもいいのに、なんで永遠子は来ちゃダメなのよー」
 永遠子の言い分に、アオイが素直にはいはいと頷いて折れてやっている姿に、重信はとうと
う耐えきれなくなってしまった。
 あの一度こうと決めたらなかなか曲げないアオイが、一人の女の子の為に折れてやっている。それだけで、二人の関係は確実だと、そう重信は受け取ってしまったのだ。
< 21 / 104 >

この作品をシェア

pagetop