セク・コン~重信くんの片想い~

 重い腹を抱えて、重信は無言のまま席を立った。どういう訳か、立ち上がると座っていたときよりも更に胃の質量が増した気がする。口を押さえながら、なんとか逆流を防ごうと重信は唾を飲み込んだ。
 アオイは、するりとエプロンを外すと、重信と共に店を出る。
 が、不思議なことに、さっきまで確かにあった絶望感はすっかり消えていた。ついでに、どういう訳かアオイへの気まずさまでも随分と和らいでいる。
「どうだ、腹いっぱい食ったら悩んでたこと、どうでもよくなったろ?」
 怒っているとばかり思っていたアオイが、ジーンズのポケットに手を突っ込み、八重歯を覗かせて笑っていた。
 その顔を見た瞬間、重信の心臓がトクリと跳ねる。
 この五日間、重信が見たいと思い続けていたアオイの笑顔。
「そうだな」
 アオイには敵わない、そう重信は実感したのだった。
「人間、悩んだときは食うのが一番なんだよ。何悩んでんのかは知らねぇけど、食え」
 まさにアオイらしい言葉だ。
 年がら年中何かを食べているアオイからすれば、さっき重信が食したオムライスの量なんて、ひょっとしたら全然大した量ではないのかもしれない。

「アオイ、ごめん……」
 本当はもっと何か気の利いたことを言いたかったのだが、生憎口下手の重信にはこれが精一
杯の言葉だった。
「別にどうってことねぇよ。誰だって、人には言えない悩みくらいあるだろ?」
 そう言ったアオイは、自身もそうした悩みを抱えている、とでもいうような口ぶりだった。


 気がつけば、駅に着いていた。
 アオイは、忙しい中、わざわざ重信の為に時間を割いてくれていたのだ。
(俺、やっぱりアオイが好きだわ……)
 重信は、すぐ隣を歩くアオイの横顔を見つめ、ふとそんなことを思った。

「ハギには話してなかったけど、オレ……、GIDなんだわ。……っつっても、言わずとも皆もう分かってはいると思うけど」
 重信は聞きなれない”GID”という言葉に密かに首を傾げた。
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