恋をしたのは澤村さん


どれほどそう歩いていただろう。
何も喋らない二人の間にはビニール傘に降り落ちる雨粒の音だけが広がっている。
空を仰げばどんよりと空を曇天が覆っている。
辺りはもう既に暗い。
どこまで行くのかと尋ねようとすると沈黙を先に破ったのは私ではなく澤村さんの方だった。

「………葵、あのな………」

「……え?」

ポツポツと雨粒の降り落ちる音が、音だけが周りに広がっていく。
私と澤村さんを繋げてくれるのはいつも雨ばかりだったのに。


どうしてこんな時に雨は降ってしまったんだろう。
ほんの一瞬の時間、二人だけの狭い空間。
幸せなことのはずだったのに澤村さんが見せた顔が酷く記憶に残った。

なんで、なんでそんな悲しい顔するんですか。
そんな悲しい顔をするならどうして言ったんですか?
澤村さん、教えてください。

どうして、手をほどいてしまったんですか。



< 56 / 122 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop