your song
「2年前、妻が癌で死にました。結婚してたから仕事仕事でした。いろんな事を見て見ぬふりで、伝えるべきことは言わなくてもわかっているだろうって・・・・・・。そんなんだったから、気づいてやれなかったんです。あいつが余命あと少しだってことに」



蕾に伸びた手をポケットに押し込み彼は寂しげに笑った。



「あっと言う間に逝きました。いなくなってから伝えたいことばかり浮かんできて。言葉にしなかった想いがたくさんありすぎて。そんな時この楽譜を見つけたんです。あいつがよく弾いていた曲」



「your song」


彼の話を聞きながら、自分のことが重なった。


私と彼もそうだ。伝えなくてもわかっている。そう思って伝える術を無駄にしていた。


私は・・・・・・彼の描く未来に一緒にいるのかな。そう思えていたから。



胸が苦しくなった。



「椎名さん。奥さんのため頑張りましょ」


桜を見上げたままそう伝えた。


「はい」


おぼろげな月は小さく高く照らしていた。
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