real world
『薬は?持ってなかったか? 』


「薬?なんのです?」


『鎮静剤。いつも持ってたんだけどな。』


いつも?


「彩野は前もこんなことが?」


『前っていうか、入学した当時からだけど。なんだ、知らなかったのか?』



知らなかった。


そうか。


彩野はあの事件に、囚われたままだったのか。


『ま、これぐらいなら大丈夫だろう。


ついていてやれば?担任には適当に言っておくから。


第一あなた達特Aクラスの生徒は授業に出なくてもさしつかえないでしょ。』



「いいんですか?」


『好きなんだろ?』


げ、ばれてる。


『40歳をなめるなよ。』

そう言って、保険医はニッと笑った。


なるほど。亀の甲より年の功か。


『聞こえているぞ。』


「すみません…」


「んー…」


こっちの気も知らないで、彩野はすやすや眠っている。



でも、どこかくるしそうだ。


「あ…おか、あさ…ん。」


「彩野…?」


『まずいな。眠っているのにパニックを起こしかけている。』



「起こすと、どうなるんですか?」


さっきから急に息が荒くなった。


手を触って見るとまるで氷のようだった。


『さぁ…どうなるかは分からない。本人にしか分からない事だから。』


そんな。


「薬…薬、持ってたんですよね?」


彼女を、なくしたくない。


僕は幼い頃から家柄の事で人間関係はあきらめていた。


見ないフりをしていたんだ。


『そうだった。取りに行ってくれるか?鞄ごと持って来い。』


でも、本当に諦めてはいなかった。


それに気付かせてくれたのは、


花 音


君なんだ。


だから僕は走り出した。

この世で1番大切な娘を守るために。
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