夢の欠片
「ただいまー」


「ただいま」


今日は珍しく母さんの返事がなかった。


「あれ? お姉ちゃんは?」


由梨にとっては、家に母さんがいないのが初めての経験なんだろう。不思議がるのも無理はない。


「取材じゃないか? 一応、料理番組のゲストとして月に何回かは出てるからね」


「うわ、すご! なるほどねー、有名なわけだ。そっかー、相談したいことがあったんだけどなー」


「え? 何?」


普通に聞き返したつもりだったが、由梨は異常な慌てぶりを見せた。


「うわわわ! 女だけの秘密ですぅ〜」


「えー、何だよそれ。気になること言うなよー」


「あははは……」


まあ、仕方ないかと思って、俺は飯があるか確認することにした。


ずいぶん前に作り置きしたのか、食卓に並べられたラップつきの食器は、触っても全く熱を感じなかった。


「今日はハンバーグかー」


栄養や味だけでなく、盛り付けにもこだわる母さんは、俺のハンバーグを猿に、由梨のを猫に変身させていた。いつものことではあるが、改めて見るとやっぱり凝ってるなと思う。


ふと「あたためてね〜」という俺と由梨の似顔絵つきのメモが横に添えてあるのを発見して、俺は思わず微笑んでしまった。


「なになに、今日はハンバーグなの?」


由梨が私服になって覗きにきた。


「そうみたいだな」


「かっわいいー。いつか私もこんな風に作れたらいいなー」


「……でもこういう風に弁当に出されるのは困る」


たまにこういう料理が弁当に入っているのだが、幼稚園児のお弁当みたいで恥ずかしいと思ってしまう。


「ハートとかならいいけど、ネコとかクマとかそういうのだったら私も嫌かな……」


気持ちが理解してもらえたみたいで、俺たちはお互いを見て笑った。


「でも技術力はさすがだよねー!」


「そうだな。じゃああっためて食おうぜ」


「うん」


由梨に私服に着替えるから、と電子レンジで温めるのは任せて、俺は部屋に戻った。


ふと今日見た夢の「AVM」という単語を思い出し、携帯で調べてみた。


とある辞書サイトでは、脳動静脈奇形のことらしく、生まれつき脳の血管が動脈と静脈で異常な吻合をしているとのことだった。


この病気があったとしても、何も起こらないことはあるが、大抵はクモ膜下出血として症状が現れることが多いらしく、その場合、身体のどこかが不自由になってもおかしくないとのことだった。


夢では母さんは倒れていたはずだから、きっとクモ膜下出血になったに違いない。


……そうだとしたら、俺はなぜ逃げ出したのだろう。介助が必要で、大変だったはずなのに。


俺は今、最低なことをしているかもしれないと、俺はしばらく自分がここにいる理由を考えていた。
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