金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
――――しばらくしてふと、右手の熱が離れた。
ああ、私なんかではやっぱり役に立てなかった……
先生の気持ちを海から遠ざけることは、できなかった……
落胆と、悔しさから、私は唇を噛んだ。
ザパーン、と勢いよく崖に当たる波の音が、暑いはずの私の耳に寒々しく響く。
でも、次の瞬間――――
今度は逆に、行き場を失っていた私の右手が、大きな温かい手に包まれた。
私が握っていた時よりも、もっともっと強い力で。
「……海が嫌いだったのは、大切な人を奪ったから。そして、近づくと自分も死にたくなるんじゃないかと怖かったからです」
先生が、静かに言った。
「せん、せ……死にたいなんて、言わないで……」
震える声で私が言うと、先生は困ったように、でもとても優しい笑顔でこう返事をした。
「――言いません。だって、この小さな手が、僕を必要としてる。こんなに細くて小さいのに、僕に生きろって……必死で伝えてる。
ありがとう……三枝さん」