金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
ありがとうなんて、そんな……
私は何も言えずに、黙って首を横に振った。
すると先生はつないだ手を離さないまま、空いた方の手でヒマワリの花束を拾った。
「……これは、持って帰ります。夏の間にまた海に来て、小夜子(さよこ)には別の花を捧げることにします」
「小夜子さん……って名前なんですか、先生の恋人の方」
「あれ、恋人だと教えましたか?」
「あ、いえ……私が勝手にそう思っていただけです。きっと恋人が亡くなったから、先生はこんなにつらいんだって」
「……確かに、小夜子は僕の恋人でした。でも、彼女が海に身を投げたとき……僕たちはすでに結婚していました」
結婚……?
先生、結婚していたの……?
初めて知る事実に、胸がぎゅっと締め付けられた。
恋人という存在も大切なことに変わりはないけれど、結婚した二人にはそれ以上に大きな絆があって、無念さもきっとその分大きいんじゃないかって、思えてしまったから……
「小夜子が死んだ海は、この場所というわけではないんです。彼女は……」
そこで言葉に詰まった先生。
きっと今まで一人で抱えていたものを、私に話そうとしてくれている。
頑張って……
私も一緒に、先生の過去と、向き合います――――。