金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
私たちは、強い海風から逃れるように大きな岩の影に並んで腰を下ろした。
そして改めて、先生は小夜子さんとのすべてを……静かに語ってくれた。
「――僕は、それまで一度も小夜子の身体に触れたことがありませんでした。なぜなら、彼女は三枝さんのような経験のせいで、男性に少し恐怖心があったからです」
「私のような経験……もしかして……セクハラ、ですか」
「……ええ。まだ僕がほかの高校に勤めていた時の話です。小夜子は同じ学校で体育を教えていましたが、同じ体育科の先輩教師にセクハラを受けていました。
僕はその場面に一度だけ遭遇したことがあって、すぐに校長に報告しようと彼女に言いました。だけど、彼女は首を横に振った。
……その、先輩教師が、小夜子の受け持つクラスの生徒の父親だったからです」
「生徒の、父親……」
似た体験をしたことのある者として同情するのと同時に、けれど小夜子さんの受けた心の傷のほうがきっともっとすさまじいと思うといたたまれない……
私はあまりその状況を想像しすぎないように気を付けながら、話の続きに耳を傾ける。
「このことを公にしたら、何も悪くない生徒を不幸に追い込んでしまう。だから自分が我慢すればいいと……小夜子は無理に笑ってた。
だけどそれじゃきみが壊れてしまうと僕が言ったら、私のことは恩田先生が支えてくれませんかと、頼まれました。
そのとき僕は彼女に特別な感情は持っていなかったけど、あまりに心配だったから恋人という立場で見守ることにしました。
そしてすぐに、体育教師らしく明るく活発、それでいて可憐な花が好きという女性らしい一面もある小夜子に惹かれていた……」