金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
「……逢いたくなったら、うちに来て」
「え……?」
「残りの夏休み、一日も逢えなかったら僕も寂しい。たまに部活に出ていていないこともあるけど、それ以外は、ほとんど予定ありませんから」
「……は、はい」
家に行っていいなんて……
なんだか本当に、彼女、みたい。
先生が休んだ時にお見舞いに行ったことはあるけど、それとはわけが違う。
行きの車内では、ルービックキューブの解き方を教わる約束だって嬉しいなんて思っていたけど……きっと今の私は、それだけじゃ満足できない。
「もうすぐ、お家です。手が離れたがらないけど、どうしよう」
「先生、私きっと逢いに行きますから」
「うん……ごめんなさい。僕はちょっと人より独占欲とかそういうのが強いようです。大人げないですね……では、離します」
そう言ってからも、なかなか手が離れない。しばらくしてゆっくりと指がほどけたときには、お互いの汗で手のひらはびっしょりだった。
うちの前まで来ると、先生は大きく深呼吸をしてから言った。
「――宿題、ちゃんと終わらせるんですよ」
そっか……今の深呼吸は先生スイッチを入れるためだったんだ。
「大丈夫です。もうほとんど、終わってます」
普通の会話なのにさっきまでとは違う、一枚壁を隔てたような感覚が、少し切ない。