金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜

「……逢いたくなったら、うちに来て」


「え……?」


「残りの夏休み、一日も逢えなかったら僕も寂しい。たまに部活に出ていていないこともあるけど、それ以外は、ほとんど予定ありませんから」


「……は、はい」



家に行っていいなんて……
なんだか本当に、彼女、みたい。

先生が休んだ時にお見舞いに行ったことはあるけど、それとはわけが違う。


行きの車内では、ルービックキューブの解き方を教わる約束だって嬉しいなんて思っていたけど……きっと今の私は、それだけじゃ満足できない。



「もうすぐ、お家です。手が離れたがらないけど、どうしよう」


「先生、私きっと逢いに行きますから」


「うん……ごめんなさい。僕はちょっと人より独占欲とかそういうのが強いようです。大人げないですね……では、離します」


そう言ってからも、なかなか手が離れない。しばらくしてゆっくりと指がほどけたときには、お互いの汗で手のひらはびっしょりだった。


うちの前まで来ると、先生は大きく深呼吸をしてから言った。



「――宿題、ちゃんと終わらせるんですよ」



そっか……今の深呼吸は先生スイッチを入れるためだったんだ。



「大丈夫です。もうほとんど、終わってます」



普通の会話なのにさっきまでとは違う、一枚壁を隔てたような感覚が、少し切ない。


< 182 / 410 >

この作品をシェア

pagetop