金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
チャンスは、移動教室の時にやってきた。
有紗と一緒に音楽室に向かう途中で、廊下を一人で歩く先生の背中を見つけたのだ。
「ごめん、有紗先に行ってて」
「あ、うん。授業遅れないようにね!」
有紗の忠告を背中で受け止めながら、私は小走りで先生の元へ近づく。
「――恩田先生!」
二メートルくらい距離のあるところから、呼んでみた。
でも、先生は振り返らずそのままスタスタと廊下を進んでしまう。
「先生、待って」
すぐに走って追いかけたのに、まるで私から逃げるように廊下の角を曲がってしまった。
絶対聞こえているのに、どうして無視するの……?
私が逢いに行かなかったこと、そんなに怒っているのかな……
もやもやした気持ちを抱えたまま、それでも先生を追いかけて私も同じ角を曲がる。
するとその拍子に、誰かとぶつかった。
「わ!ごめんなさ……」
「――静かにして」
声の主はそう言うと、周囲に誰もいないことを確認してから私を抱き締めた。
この声、このにおい……。
先生、だ……