金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
何か言葉をかけてあげたいけれど、気の利いた言葉が浮かばない。
手に触れたり、抱き締めてあげることもできない。
何もできない自分が悔しくてぎゅっと握りこぶしを作っていると、にぎやかな女子の集団がこちらに近づいてきた。
「あー、恩ちゃんこんなところに居た!あたしたちと一緒に回りましょうよぉ」
「あっちにニモがいるんだよ、恩ちゃん見た?」
「ちょっと待ってください……自分で歩けますから」
彼女たちはきゃあきゃあと騒ぎながら先生の手を強引に引っ張り、あっという間に私の前からいなくなってしまった。
先生は、今日もモテモテだ。
だけど不思議なことに、私は彼女たちに嫉妬しない。
きっと彼女たちと一緒に可愛いクマノミを見たって、先生の頭の中には小夜子さんのことしかないと思うから……
「……千秋、どした?」
気が付くと有紗が私の元へ戻ってきていて、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
「なんでもないよ。次のとこ見に行こっか」
あっちにニモが居るんだって、と、さも楽しそうに有紗の前を歩く。
きっとそれが空元気だと気付いている有紗の方を、振り向く勇気は私にはなかった。