金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
スイートピー
現実はそんなに甘くはない…………
そう気づかされたのは、入学式が終わってすぐのことだった。
トイレに行った私は、新しいクラスメイト達に少しでも自分を可愛く見せたくて、鏡の前で色付きのリップを塗っていた。
「ん、オッケー」
ほんのりピンクに色づいた唇に満足して、トイレから出た時だった。
ポケットに入れようとしていたリップが、手の中から滑り落ちて床に転がった。
「あ…………」
転がるリップの先には、真っ白なスニーカー。
そしてその靴の持ち主が、私のリップを拾い上げて、こちらに近づいてきた。
「………これは、きみの?」
当時は名前も知らなかったけれど、その男は確かに恩田だった。
「はい、ありがとうございます」
お礼を言って彼の手からリップを受け取る瞬間……ほんの少しだけ、手と手が触れた。