金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜

スイートピー



現実はそんなに甘くはない…………

そう気づかされたのは、入学式が終わってすぐのことだった。


トイレに行った私は、新しいクラスメイト達に少しでも自分を可愛く見せたくて、鏡の前で色付きのリップを塗っていた。



「ん、オッケー」



ほんのりピンクに色づいた唇に満足して、トイレから出た時だった。


ポケットに入れようとしていたリップが、手の中から滑り落ちて床に転がった。



「あ…………」



転がるリップの先には、真っ白なスニーカー。

そしてその靴の持ち主が、私のリップを拾い上げて、こちらに近づいてきた。



「………これは、きみの?」



当時は名前も知らなかったけれど、その男は確かに恩田だった。



「はい、ありがとうございます」



お礼を言って彼の手からリップを受け取る瞬間……ほんの少しだけ、手と手が触れた。


< 21 / 410 >

この作品をシェア

pagetop