金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
体中カチンコチンの私とは裏腹に、先生はいつも通りの穏やかな動作で私を家の中に招き入れる。
「紅茶で、いいですか?」
「は、はい!あの、クッキー焼いたんです!良かったら一緒に……」
ぎこちない動きでクッキーの入った紙袋を渡そうとすると、その手を先生に掴まれた。
「先生……?」
見上げると、切なく瞳を細めた彼が、こんなことを言う。
「……嫌なら、嫌と言って欲しい。怖かったら怖いと言って欲しい。心の準備ができていないのなら、いつまででも待ちます。
僕から誘っておいてなんだけど、二人でゆっくり話をするだけでも僕にとっては充分すぎるプレゼントです。だから……」
そこで口をつぐんだ先生を見て、思った。
怖いのは、先生の方なんじゃないかな……
私を抱いたら、小夜子さんのように目の前から居なくなっちゃうんじゃないかって……
緊張している私に無理強いしたら、また独りになっちゃうんじゃないかって……
きっとそれが怖くて、直前になってこんなことを言うんだ。