金木犀の散った日〜先生を忘れられなくて〜
お姉さんが帰ってしまったあとでも、私の目の前には真っ赤な唇の残像がちらついていた。
“小夜ちゃんは、生きてる――――……”
赤い唇は勝手に動いて、そればかりを呪文のように唱える。
「……うるさい姉で、ごめん。話し相手になるの、疲れたでしょう」
何も知らない先生は、居間に戻ると私にそんな言葉をかけた。
私はつとめて平静を装い、目の前に置かれた紅茶に手を伸ばす。
「心配して訪ねてきてくれるなんて、いいお姉さんじゃないですか」
そう言ってからカップを傾けると、思わぬ熱さに手元が狂った。
「熱っ……!!」
カップはテーブルの上に転がり、流れ出した紅茶が私のスカートと畳を褐色に染めた。
「大丈夫ですか?火傷は?」
先生が私の手をつかんで、顔を覗き込んできた。
私を心配してくれる優しい瞳が嬉しくて、それ以上に切ない。
秘密を抱えて先生と向き合うのは思ったより苦しいことなのだと、その瞳を見ながら思った。